席替え大嫌い
「皆さーん、今日は『席替え』しますよー」
新学期や月の初めに
先生の口からよく出る言葉。
「席替え」
教室内でみんなの席をあらゆる方法でシャッフルし
自分の今いる席から全く違う席へと移動できるクラス内だけのイベント。
「当たりの席」は窓側や後ろのほうの席。
「ハズレの席」は先生の監視が行き届きやすい前の席。
このように
「席替え」には当たりハズレがあり
それをクラスのみんなは運試しのゲームのように楽しんでいる。
それだけではなく
いつもと違う景色で授業を受けられたり
席が近くなった人とも交友関係を築けるようになったりするため
先生の口から
「今日は『席替え』しますよー。」
という言葉が出る度
「席替え」が大好きなみんなはバンザイしながら喜んでいた。
一方、
私はみんなみたいに「席替え」を喜べなかった。
私は「席替え」が大嫌いだったからだ。
なぜかというと
この「席替え」には先生も知らない、クラス内だけの「裏のルール」が存在するからだ。
その「裏のルール」というのは
「いじめられっ子の○○の隣の席は大ハズレ」
というルールだ。
これは
「いじめ」もできて尚且つ「席替え」も10倍楽しめるというものだ。
いじめっ子にとっては一石二鳥…いや、一席二頂といったほうがいいだろうか…f^_^;
この「裏のルール」の存在もあり
クラスのいじめっ子たちが、より「席替え」というクラスイベントを楽しむようになるのだ。
そんなルールの中
いじめられっ子だった私は
いつも「席替え」の「裏のルール」の「大ハズレ」役だった。
特に
クラス中からいじめを受けていた中学時代は
「私の隣の席は大ハズレ」という「裏のルール」は完全にクラス万人の共通ルールになっていた。
私のクラスの人たちは
「席替え」のくじ引きが始まったと同時に、私の隣の席になることを
まるで地獄かのようにヒソヒソ話し始めた。
そして
実際に私の隣の席を引いてしまい、大げさに嘆いている大変かわいそうな人には、みんなから拍手が贈られる。
それを先生が注意しても
拍手は止めど、私へのいじめは止まず
机を移動させたあとも
私の隣の席になってしまった大変かわいそうな人は、真っ先に私をどういじめてやろうか頭をフル回転させるのだ。
あるときには
机をおもいっきり離され
またあるときには
授業中にずっと観察され続けそこで得た情報を友達たちに報告された。
そんなことをされ続けた結果
私は「席替え」が大嫌いになり
「席替え」という言葉を聞くだけでも、当時の辛い思い出が頭の中に蘇えるようになってしまった。
当時の状況を
今の私から言わせてもらうと
「○○が隣の席」
だからなんだというのだ…。
口では「最悪!」と言っても
顔は「○○いじめができる」という状況を心から楽しんでいるではないか。
本当に最悪なのは
いつだっていじめを受けている方なのだ。
「席替え」
こんなちょっとしたクラスイベントでも
簡単にいじめの材料になってしまう。
「席替え」は教室の景色に一人一人が飽きないために用いられたものだと私は思う。
少なくとも
誰かをハズレくじにして、汚いもの扱いするために設けられたものではないハズだ。
クラスの一人一人が
この「席替え」で少しでも辛い思いをする人が減っていくことを考えるべきではないかと私は考えている。
by ごき